独身女性、一戸建てを買う。

新築一戸建てを購入したはなしを徒然なるままに。

人生のピークを後半に持ってくることの困難さ

有名なDJであるaviciiという男性が若くしてこの世を去ったということで、TOKIOのニュースの裏でひそかに報道されていた。 

 

 

 

のちに遺族が死因が自殺であることを公表したということで、自殺したスーパースターの曲ってどんなんだろう?と興味を持ち、代表作っぽい「wake me up」を聴いてみた。

 

 

 

「あぁ、これね!」と思う曲だった。だれもが絶対、聴いたことあるヤツ。

さらに「Waiting for love」も彼が作ったものと知った。これ、一時期めっちゃ聴いてたわ。MV 懐かしかった。

 

 

 

彼はまだ若くて

才能があって

 

 

でも死んだ。

 

もちろん、彼がなぜ死んだのかは誰にもわからない。彼にしか。

 

 

でも、

人生のピークってたいてい若さと共に訪れるから、彼にとって、これ以上生きていても無意味な人生だったのかなあと思った。

 

 

前もブログで書いたけど

若さは美しさなんだよね。それに活力でもある。生命力の象徴でもある。それが証拠にブランドものの洋服のモデルさんはみんな一律若い。まあ、洋服に限らず、それが高齢者をペルソナとして設定している商品(たとえば老眼鏡とか紙おむつとか)でない限りは、たいてい看板に掲げられるのは若い人である。

 

 

若さは、美しい。

というより、老いは醜い。

 

 

だれも、しわくちゃのシミ皺だらけの老人を見て心踊らない。

逆に、肌に色艶があって活力に溢れている青年には自然と目線が奪われる。自分が何歳であろうと。

 

 

申し訳ないけど、

そういう意味ではかつて一世を風靡した浜崎あゆみのピークも、安室奈美恵のピークも、とっくのとうに過ぎ去っている。松田聖子中森明菜もそうだし、福山雅治とか木村拓哉もそう。だから人気絶頂のときに引退した山口百恵はやっぱり英断。

 

 

そう。

 

人は、なぜか自身が年を重ねても、なお、若いものに惹かれる。

ヒットソングで、やれ腰が痛いだの、老眼だの、頻尿だのといったフィジカルの病みを強調したところでヒットしない。共感性という意味では、もっとも多数の支持者がでそうなのに。

 

 

けっきょく、森山直太朗が「生きてることが辛いなら」(曲名うろ覚えだし、聴いたこともないけど)とか、Coccoが「強く儚いものたち」をはじめとした病み系ソングを発表して、それが売れていったのも、大前提として、彼らが「若い」ってことがある。

 

 

年寄りが、やれ「死にたい」だの「この腐敗した世界に落とされた」(鬼束ちひろ)だの唄ったところで、甘美な雰囲気はないわけですね。

 

 

そういう意味では、アヴィーチーの歌詞もまた、ただ単にノリがいいってわけではなく、やっぱり歌詞の端々に「病み」の要素を感じるわけなんだけど、(そもそも芸名の由来が無間地獄だしね)

 

 

彼にとっては、それらの楽曲を完成させる最後のピースが、自身の死だったんじゃないかなあと思ってしまう。

 

 

このままのうのうと生き続けることは、ある意味自家撞着というか。

 

 

芥川や太宰が自死を選んだように

 

 

自分で自分の人生に幕引きをする、っていう行為はある意味プライドの現れだし、芸術家らしいとも思う。

 

 

 

ぜんぶ終わったら、起こしてくれ。

 

 

っていうのは、とてつもなく厭世的な歌詞だと思うよ。あれがヒットしたのは、やはり曲の良さだろうなあ。