独身女性、一戸建てを買う。

新築一戸建てを購入したはなしを徒然なるままに。

人生にムダなことは、

「ある」

 

と考える派のワタシです。

 

 

よく、人生にムダなんかないっていう意見を耳にしますけどね、

いやいや、それ嘘やんって思います。

 

 

「人生にムダはない」

という言葉は、だいたい次のようなシチュエーションで語られますね。

 

 

たとえば、

 

 

「いま思えば、当時ムダだと思っていたことも、後々役に立っていたわ」

とか(成功者談)

 

 

「その一見ムダに思えるような経験があったからこそ、今の僕があります」

とか(成功者談)

 

 

「大丈夫。その君のムダのように思えた経験も、いつか必ず役に立つから」

とか(責任のない慰め)

 

 

つまりね、

「人生にムダはない」

というのは、

 

結果論か、希望的観測でしか用いられない考え方なんですよ。

あと、基本的に誰もが自分の人生を否定したくないってことも大きい。「これで良かったんだ」って、そう思いたいから、ムダはなかった、とか言い出す。

 

 

まあ、それはそれでしあわせかなとは思いますよ。そういう風に思うことは人生を楽しくするための重要な要素だとは思います。

 

 

それに単純に他人からしても、

「あー、俺の人生ムダばっかりだよ」

とか愚痴ってる人より

「俺の人生にムダはなかったよ」

って言い切っている人のほうが、見ていて気持ち良いですしね。

 

 

 だが、

しかし、

それでも、

 

 

ワタシは人生にムダはあると思うんです。

 

たぶん、

 

「あー、あんときの行動、時間はムダだった!」

 

とわかる、言える人は、あとになって、人生における、より重要なことに気付いた人だと思うんです。かつては、重要だと思い込んでいたことがそうでもなかったって気付いちゃった人。

もしくは、今達成したい目標があって、圧倒的に時間も体力もスキルも足りないっていう状況にある人。

 

 

いずれにせよ、

 

「ムダだった」

ってきちんと認められるってことは、ハングリー精神だったり向上心だったりの表れなんじゃないかなと思うんですね。だから決してネガティブってわけではないと思います。

 

 

 

だから半ば妄信的に

 

「まあ、人生にムダはないからね!」

 

 

 

とか言っちゃう感じはちょっと抵抗あります。

 

 

少なくともわたしの大学生時代は、ムダな時間の集大成でした。

 

 

でもまあ、

ムダはないって考えたところでなんかデメリットがあるわけではないと思うんで、好きにしたらいいと思います。