独身女性、一戸建てを買う。

新築一戸建てを購入したはなしを徒然なるままに。

もしも、強制的に年収が示される社会だったら

まいにち電車通勤していると、誰しも1度は思ったことがあると思うんですね。

 「次降りる人の頭上にランプ点滅してくんねーかな」

 

って。( ´_ゝ`)

 

 

それと似たようなことで、きのうふと、思い付いたことがあるんですね。

 

 

それは、

 

 

「もし、だれもが強制的に年収が表示される社会だったら、世の中はどうなるか」

 

 

ってことです。

 

 

聞いたら教えてもらえるとかではなくて、なんかこう、近未来的なシステムでもって、各人の胸元あたりにその人の年収が絶えず表示され続けるシステムです。増減もすぐに反映されるような、そんなシステムです。

 

 

そんなことを思い付いたのは、きのうの帰り道で信号待ちをしている時に、不動産会社(エイブル)の人が、店仕舞いをしている姿を見たことがきっかけです。

きちっとネクタイをしめて、店の前の旗をせっせと片づける彼を見て、わたしは、ふと思ったんです。

 

「この人の年収ってどれくらいなんだろう?」

 

って。

 

 

 

誤解のないように言っておくと、わたしは人様の年収なんてほとんど全くといっていいほど興味がありません。それはたぶん、自分の年収がある程度安定していて十分であるという認識があるからで、だからきのうのその瞬間までは、他人の年収なんて考えてみたこともありませんでした。

 

 

でも、そのとき、

「もしも、そのひとの年収が強制的に表示されてしまう社会だったら、人はどうなるか」っていうことを思い付いてしまってからは、そのあとの帰り道はずっとそのことについて思いめぐらせていました。

 

 

みなさんは、どんな社会になると思いますか?

 

 

想像はどんどん膨らんで、表示されてしまう項目は他にもあり得るのではないかと思いました。

 

たとえば、学歴。

たとえば、未婚か既婚か。

たとえば、子持ちか、子持ちでないか。

 

 

そのすべての差が、直接的に人間の優劣を決めるわけではないと、だれもが主張するでしょう。

 

 

所持している金銭の寡多じゃない。

高卒か大卒かじゃない。

既婚か未婚かじゃない。

 

 

でも、表示されてしまったらどうでしょうか?それでも、自身の物差しを保持し続けることができるでしょうか。

 

 

 

そんなことを考えながら帰途につきました。

( ´_ゝ`)