独身女性、一戸建てを買う。

新築一戸建てを購入したはなしを徒然なるままに。

YouTuberヒカルについて思うこと2

わたしが彼にはもう付いていけないな、ちょっと違うなと思い、離れていたのは数ヵ月前だった思う。

 

いや、数ヵ月も経っていないかな?

 

きっかけは、高卒でも一流企業で働けるような社会をつくる、という企画だった。

 

わたしは、このヒカルの考えにまったく賛同出来なかった。違和感、というか、彼の長年抱いていたルサンチマンを、今の彼が持っている権力で持って解消しようとしている感じがした。

 

だから、彼の発言も筋が通っていないというか、ただ「高卒でも地頭のいいやつが、大卒出の真面目バカより給料が低いのが許せない」っていうニュアンスだけを感じ取った。

 

それは、いろんな意味で違う。

そうじゃないだろ、と激しく嫌悪感を感じた。

 

まず第1に、その発言は今現在の彼の生き方を否定していた。

 

ヒカルは高卒のアントレプレナーで、大企業に属さずに一人でここまでやって来たではないか。地頭がいいならば、大樹の陰に寄らずとも、社蓄とならずともやっていけるという、そういう生き方を彼は提示していたのではなかったのか。

なぜここに来て、寄らば大樹の陰、的な生き方を善として全面に押し出すのか。

高卒の人が、任天堂に入れないのが可哀想という価値観を押し出すのか。彼の生き方と発言が矛盾しているとはじめて感じた出来事だった。

 

第2に、「真面目にコツコツと勉強するが善である」という極めてオーソドックスで、当たり前の価値観を歪めにかかったことだ。

 

勉強したくても家庭の経済的な事情により進学できなかった人、というのは少なからずいる。私はそういう人をたくさん知っている。それならば、納得できる。

 

彼らを支援する方法は簡単だ。学力試験を課して、上位の人に奨学金を寄付すれば良いのだ。そして任天堂に入ってもらえばいい。

 

でもヒカルの理屈は違った。

早い話が、大学教育そのものを否定していた。ヤンキー気質でも、ペーパーテストが振るわなくても、任天堂で働けるヤツはいる、という理屈なのだ。

 

これは本当に愚かで、もちろんそういう人もいると思う。学歴はないけれど、頭の回転が早い人。ヒカルのように。

 

そういう人は勉強してくれ。

それが早い。

 

じゃあ、何をもって地頭のよさを見抜くのか?

 

面接?

 

つまり、学力試験っていうのは、本当にヒカルがいうようにたいしたことではない。学力試験は目的ではないのだ。それはツールなのだ。

 

一流企業は、手っ取り早く優秀な人材を確保するために学力試験を課しているに過ぎないのだ。そこがわかっていないから、とんちんかんなことをやろうとする。

 

勉強しなくても、その他が優れていればっていうのは本当に愚か。

その他を図るツールがないからだ。

 

高卒でも大学にいける、そういうシステムづくりなら賛同できたけれど、大学教育をすっとばして一流企業に入りたいっていうのは違う。

 

つづく