独身女性、一戸建てを買う。

新築一戸建てを購入したはなしを徒然なるままに。

もう、モノでは私は幸せになれないと思う

メルカリを利用して出品していくなかで、もっと身軽になりたいという気持ちが増していく。(決してメルカリのまわしものではありません)

 

 

 

私は昔、mtの限定博に行ったことがある。

目的は、そのとき大好きだったサンリオの限定マスキングテープを購入することだった。

 

 

その日は私の誕生日が近くて、私はそれを自分へのプレゼントにしようと思ったのだ。

 

 

サンリオの限定マスキングテープはバカみたいに高かった。それに加えて、その博の他の限定マステがゲットできるガチャガチャなんかもあって、みんながこぞって回してるものだから、自分も回したくなっちゃって、けっこうな回数やっちゃったせいで、出費がめちゃめちゃかさんだ。

限定マステはひとつも当たらなかった。

 

 

あのとき。

まさに他者の欲望が自分の欲望になっていた。人の欲する方向に自分のベクトルも向けていた。ほんとはべつにそんなもの欲しくなかったはずなのに。

 

 

その日、家路についた私に残ったものは、なんだか散財してしまったなぁというぼんやりとした罪悪感みたいなものだけだった。

幸福感は薄かったように思う

 

 

思えば、わたしは「なにか」の代替品として限定マスキングテープを求めていただけで、それは決してモノでは埋められないものだったのだ。

 

 

でもそれは、当時もなんとなくわかってはいたとは思う。わかっていたけれど、なにかに陶酔しているとき、なにかを欲しているときの感じというのは、それはそれで私が目を向けがちな死、とか薄暗いことから目を反らしてくれるから。

 

だから、そうやってモノに逃げていた。

 

 

いま、わたしはモノ捨てに逃げている。

 

モノ捨てをしていると、気分がすっきりしていく。いっこいっこ、部屋から質量が減っていくことが心地よい。

 

私は当面、この作業に夢中になっていくことだろう。

 

ぜんぶ捨てちゃったとき、わたしはまたモノを買い始めるかもしれない。

 

いや。

できれば、モノではなく、コトにシフトしていきたい。

 

 

形に残るものに執着するのは下劣だって、最近はそう思う。残らないものにお金をかけるほうが高尚だって、そんな気がする。