32歳独身女性、一戸建てを買う。

新築一戸建てを購入したはなしを徒然なるままに。

断捨離

断捨離に対するモチベが少し低下してしまったわたしは、YouTubeで関連動画を観てモチベを上げることにした。

 

 

断捨離という言葉を広めた主婦の方、ときめくか否かで有名なこんまりさんなどの動画を観た。

 

 

ふたたび、なんとかモチベを高めた。

 

 

でもいちばんモチベが高まったのは、自分の中の、こんな思いつきだった。

 

 

 

「そうだ、いつでも死ねるように身軽になっておこう」

 

 

 

そう。

死ぬとき、ものに囲まれていたのでは後に残された人も大変だ。故人の遺品ほど整理しづらいものはない。

 

 

 

なるべく身軽でいよう。

わかりやすく、シンプルに生きよう。

そう思ったら、今までのどの瞬間より高まった。テンションが上がった。

いつでも死ねる、その思いつきほどわくわくした瞬間はなかった。

 

 

 

そして

 

 

そもそもなんで捨てることに躊躇いがあるのか考えた。

 

そして気付いた。

 

 

「あぁ、自分の過去を否定したくないんだ」

 

 

と。

 

かつて、夢中になったもの。

時間とお金と労力とを惜しまずにつぎ込んだもの。

 

 

それなのに。

 

 

 

いま、それらのものたちは、自分にとって無意味なものになった。 

 

 

あんなに必死に集めたのに。

あんなにお金を使ったのに。

 

 

 

モノを捨てることによって、

自分の中で見ないように気づかないようにしていたことと向き合わなくてはいけなくなった。

 

 

 

かつて、あなたが夢中になったものは

何の役にも立たないものだったね

 

 

と。

 

 

それは悲しかった。

 

 

わたしは結局、可愛らしいキャラクターグッズで「何か」を埋めようとしていたのだ。自分の中の空洞を。

 

 

 

それは、本当は

充実した仕事であったり、恋人との絆であったり、新しい命であったり、満足できる住環境だったりしたのだろう。

 

 

グッズは、それらの代替品だったのだ。

 

 

手に入らないものの代わりに

手に入れられるもので安易に心を満たそうとしていた。

 

 

 

わたしは

いつも不安で、不満だった。

 

 

 

可愛らしいグッズは、一時

そんなわたしの心を慰めてくれた。

 

 

でもそれは、ほんとうに私が欲しいものではなかった。

 

 

私は、温かい、手に触れることができる、会話ができて、絆を感じられるものが欲しかった。

 

 

そんなものは、すぐには手に入らないとわかっているから、わたしはキャラクターで心を慰めたのではないか。

 

 

なにかに夢中になっているフリをしていないと、自分の生命力が尽きてしまいそうで、どうしようもなかったのではないか。

 

 

いまも、風が吹けば消えてしまいそうな生命力を、なんとか継続しようとしている。

 

 

 

 さあ

モノに依らず、何に依る?