32歳独身女性、一戸建てを買う。

新築一戸建てを購入したはなしを徒然なるままに。

我々が「生きてて良かった」と思うとき、人生にしてやられてる。

いま、お風呂に入りながら、キリン新一番搾りを飲んでいます。

 

 

そして考えたんですね。

 

 

 

今日はめちゃめちゃ寒いじゃないですか。

だから、もちろんお風呂は暖かくて気持ちよいんですけど、でも、そこまで深い感動はないな、って。

 

「生きてて良かった」的なそういうレベルまではね、正直言って感動できてないなって。

 

 

 

では、このお風呂に感動できるとしたら、どんな状況か?

 

 

 

昔、『夜と霧』っていう、だいぶメジャーなあの本を読んだことがありまして。

あれ、想像を絶する過酷な環境じゃないですか。一切れのパンをボロボロに崩して、ビンに保管してちょびっとずつ食べるみたいな。ああいう感じの経験してたら、このお風呂はヤバイな、と。古文でいうところのいみじ、だなと。甚だしい感動だろうなって、そう思ったんです。

 

 

もしくは、そこまでいかなくても『ジェーン・エア』だっけな、なんか幼い頃に入居した修道院の環境が悪すぎて、寒くて眠れないみたいな描写があるんですけど。

 

 

そんな環境に暮らしてたら、凍えそうになりながら帰ってきたところで、温かいお風呂が用意されていたらもう狂喜乱舞くらいの勢いで嬉しいだろうなって思うんですよね。

 

 

 

そんな環境からの、温かいお風呂はまさに

「あー生きてて良かった!」

って思える気がします。

 

 

 

でも、ここまで考えて思ったんです。

もし、これらの状況で「生きてて良かった」って感じたとしたら、頭のなか、だいぶお花畑だなって。

 

 

生きてて良かった、って思える瞬間のためにどんだけの犠牲払ったんだよって。めでたいな、と。

 

 

 

でも、案外人生ってそんなもんなのかなって思ったり。99つらくても、最後に1しあわせだったら、人は「わたしはしあわせだった」って認識できるようになってるのかなって。

 

 

そんなふうに思いました。

だから私は、その得られるかわからない1のしあわせのために、とりあえず明日も生きてみようかなって思います。


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『やがて君になる』感想

※この記事では『やがて君になる』第4巻までのレビューが書かれており、ネタバレされていますのでご注意ください。

 

 

きのう、注文していたすべての漫画が届きました。

 

やがて君になる

読み終わりました。

 

なかなか面白かったです。

 

女子校でもないのに登場人物にやたら百合が多いってことが気になりましたが、それは漫画だからね。

 

 

主人公の女の子は、もともと「誰も好きになれない自分」っていうのにコンプレックスを抱えている子で、友だちの恋バナに加われない自分に対して劣等感を抱いているんですね。

 

そこに現れたのが、新しく入学した高校で出会った1個上の女の先輩。

ある日彼女は、その先輩も自分と同様に誰も愛せない、誰も特別にならない性質なんじゃないか、って気になって相談を持ちかけるんですね。

 

ところが、相談を終えた直後、同じ性質だったはずの先輩は、主人公の女の子にフォーリンラブ状態になり、なんと告白!

 

そこから主人公が一方的な想いを寄せられて続ける、っていう展開なんですね。

 

 

そんで、しばらくの間はそういう状態が続くんだけど、徐々に主人公の気持ちに変化が生じてくるんですね。

つまり、自分も先輩のことが気になり始めると。

 

じゃあ、それでいいんじゃないかと。

両想いめでたしめでたしだと。

 

そうならないのが、この漫画の面白いところですね。

 

なんでかっていうと、

 

先輩が、この主人公を好きになった理由が、彼女が誰のことも「特別にならない」からなんですね。自分を好きにならないあなたが好き、と。だから、わたしのこと、嫌いにならないでね。でも好きにもならないでね。

 

っていう非常にねじれた、精神的束縛が為されているんですね。

 

そうなると、徐々に先輩に惹かれ始めている主人公にとっては、想いを秘め続けなければならない、もしくは自分の想いに蓋をして気づかないふりをしなければならないっていう事態になるわけですね。

 

 

この漫画で、非常に印象的なフレーズがあって、ちょっと今電車で手元に漫画がないので正確には伝えられないんですけど

 

 

「好きは束縛することば」

「好きは暴力的なことば」

 

 

みたいなニュアンスのフレーズがあるんですよ。これ、以前の記事にも書いたんですけど、すげえ同意できるなと思って。

どういう意味かっていうと、

「好き」っていうのは、今の自分を好いてくれてるから発せられることばであって、今の自分が維持されなければ、それと同時に失われることばであると。だから「今のわたしで居続けてね」っていうメッセージでもあると。

 

と、まあ、こういう感じなんですね。

 

 

この先輩は、わけがあって、「完璧を演じ続けている」ところがあるので、このことばっていうのはある意味、プレッシャーなんですね。

 

だから、「誰も好きにならない。わたしは誰も特別にならない」と宣言した主人公に対して安心して想いを寄せることができると。

 

 

はい、まあそんな感じのねじれた話です。

 

 

わたしが好きな場面は

 

 

たしか4巻で、主人公が槇くんに

「だってわたしは誰も好きにならないもん」っていう場面(主人公の表情が秀逸)

そして、槇くんがその表情に対して心のなかで突っ込むという。

 

 

あと

 

体育祭のリレーで、先輩が走っているときに、主人公の視界から先輩以外のすべてのひとの姿が消えていく場面ですね。先輩しか、うつっていない。

 

 

素晴らしくいい場面です。このとき、自分の気持ちに気づくんですね。ここ泣けました。

泣くポイントがずれてるかもしれません。

 

 

そんな感じで面白かったです。

 

でも、べつにこれは百合じゃなくてもよいかもしれません。百合だからいいのか?

よくわからん。

 

 

徒然草と東京03

徒然草東京03って、ちょっと似てるとこあると思いませんか。

 

 

ぜんぶってわけじゃないんだけど、人を小バカにして笑いをとるあたりが似ていると思うんですよね(けなしてません)

 

 

たとえば、教科書に載っているような有名どころの話だと「仁和寺にある法師」とか「出雲に丹波といふところあり」とか。

 

 

なんかカッコつけて知ったかぶりしている奴をじわじわとディスって、笑いをとる的な感じが似てるなと。いじられるのは、角田的なポジションのヤツ。

 

 

 

 

っていう、ふと思い付いたどうでもいい話。

 

 

 

 

東京03好きなんですよ。

疲れてるときは観たくないんだけど、普段はちょっとしたお芝居をみてる感覚で楽しめる。

 

 

 

なんにも考えたくないとき、よく動画みてます。好きなコントはたくさんあるけど、とくに何回もみてるのは、

 

 

不細工の女の落としかた(角田が好きな女の子は実は豊本が好きって話)

好きな女からメールが帰ってこないって嘆く飯塚に、角田が勝手に共感するやつ

いじめられっ子の新入生が、いじめ方が甘いって指導するやつ

豊本ふんする豊美が、1度はふった相手である角田に再び迫られてうざがるやつ

角田がいつも合コンでキメ服着てきてるって飯塚にいじられるやつ

 

などなど。

 

 

でもほとんど、ぜんぶ好きです。

とくに恋愛系が好きかもしれません。

 

 

いつまでもあの3人のコント見たいなあ。

あの手のコントっていつまでやれるもんなんだろう。

みんな年をとっていくから、若手サラリーマンネタも、だんだんイメージと合わなくなっていきそうで残念だなあ。

 

 

 

 

 

 

 

いずれ自分は結婚するはずだ。

自分で言うことかわからないが、

わたしは女としての一般的な魅力に欠けている。

 

 

たとえば、

 

控えめな感じ、

だとか

セクシーな感じ、

だとか

可愛らしい感じ、

だとか

守ってあげたくなる感じ、

だとか。

 

 

そういう、

 

ふわっ(///ω///)♪※。.:*:・'°☆

 

としたイメージを一切持ち合わせていない。

むしろその真逆にあるのが、この私である。

 

 

 

 そんなわたしでも、たぶん結婚できる。

 

 

そんな気がする。

 

 

根拠は、ない。

自信も、ない。

 

 

でも、なんとなくそんな気がする、

ってことを書いておく。

 

 

書くことでなにか変わるかもしれないから。

 

 

だから

わたしは、たぶん結婚すると思います。

 

 

 

生理の日は休みたい。

7日すべてとは言わない。

はじめの3日間でいいからベッドで横たわっていたい。

 

 

お腹いたい。だるい。眠い。

 

やっぱりサラリーマン無理だ。

 

眠らせてほしい。

それでも仕事いくけど。大人ですから。

 

 

こんなにがんばってもどうせ誰からも誉められない。

 

 

そういえば昔、高校生の頃の学級日誌に、その日頑張ったことを書いて(内容は忘れた)最後に「誰も誉めてくれない」って書いたら、担任の先生に「誉められるためにやるわけではありませんよ!」って赤ペンで書かれたことがある。

 

 

正論すぎて萎えた。

 

 

そんなもん、「頑張ったな!えらいぞ!」くらい書いとけばいいのにって子供心に思ったし、それ以降なんとなくその先生に対して心理的な距離が生まれた気がする。

もともと長めのダイニングテーブルの端と端くらいには離れていたけど、さらに体育館の端と端くらいに離れた。

 

 

こんな話、誰にもしなかったのに、30すぎてこんなところに記すことになるとはね。

 

 

眠いわ。

 

自分に関するゾッとする事実。

さっきAmazonで百合マンガを注文した。

やがて君になる』と『たとえとどかぬ糸だとしても』ってやつだ。

 

 

いろいろな人のレビューがよさげだったので読んでみたいなと思って。

 

 

わたしは現実では勿論男が好きだが、2次元での百合マンガはなかなか面白い。たぶん、もどかしい感じ、うまくいかないかんじ、切ないかんじ、報われないかんじに共感するからだと分析する。でも男×男には惹かれない。

 

片想い系が好きですね。

 

話かわって。

 

 

わたしが紹介したカップルの話なんだけど。わたし、「なんで自分は紹介したのかな?」って考えたんだよね。なんでだろ?って。だって別に紹介しなくてもいいじゃん??頼まれたわけでもないのに。ふつうは人の世話する前に自分の世話しとけよ、お人好しすぎんだろ、って状況だと思うんだよね。良い年して独身のくせに、自分より遥かに若い人の世話焼くとかね。

 

 

で、考えられる要素はいくつかあったんだけど、なんかね。そのなかのひとつの要素に気付いてちょっとゾッとしてね。

 

 

それは、

わたしってもしかして「誰かを助けたり、誰かの役に立つことで誰かの好意を得ようとしてるのかな?」っていうことですね。

 

 

自分でいうのもなんですけど、わたし人の話を聞くのが上手いんですね。

 

 

私は人と接するときに、自分自身の話っていうのはあまりしないほうです。その理由としてはまず、他人がわたしに興味を持っていないから食いつかれもしないし、食いつかれもしないことをわざわざ押し付けたくないってことと、あと単純に人様の琴線に触れるようなトピックもあんまりない、ってことと、あと秘密主義的なところがあります。

 

 

だから、必然的に人の話を聞くようになるんですね。興味をもってアレコレ質問することや相槌を打つことも勿論ありますが、ぜんぜん興味がなくてもわざとその人が話したいであろう話題やその人の面白いところをピックアップして、さも興味ありげに聴くこともできます。大勢の人がいるなかでも、誰かをうまくいじって場を沸かせたりするのが得意です。ホスト的な役割ってやつね。

 

 

で、そうなると、発言回数は多いけど、実は自分のことはぜんぜんしゃべってない、ってことになるんです。

 

 

そうすると、どうなるか?

 

 

たいていの人はわたしに「悩み」を打ち明けてきます。つまり秘密の共有化が為されるわけです。

 

 

わたしはそれに対して、アドバイスや、励まし、傾聴を行います。

 

 

するとどうなるか。

 

 

そのひとの一部を、いわば心理的に捕まえることができるんですね。

 

 

わたしは、そういう自分の行いについて、いままで深く考えたことはなかったんだけど、

 

 

今回、なんで紹介したんだろ?って考えはじめたことをきっかけに、なんか気付いてしまったんですね。

 

 

 

わたし、友達ぜんぜんいないくせに、やたらと秘密持ちだよな、ってことに。

 

 

 

自意識過剰じゃないんです。ほんとに、自分「しか」知らないこと、それを話したら、内々ではけっこうデカめのニュースになるであろうこと、そういう類いを打ち明けられることが多いんです。勿論、信頼して言ってくれてるから誰にも言いません。

 

 

 

でもね、それはたぶんわたしにとって、親切心から為していることというよりは、人と繋がれる唯一の手段として為しているんじゃないかなって思い当たったのです。

 

 

 

ゾッとする。

自分に、ゾッとするよ。

 

 

人のこころを解きほぐして、自分だけになにかを打ち明けてもらうこと、お世話をして、密接な繋がりを築くこと、誰かの役に立つこと、

 

 

これ、ぜんぶ、わたしが、その人の一部を独占したくてやっていることなんです。

 

 

今回に関していえば、

現在の職場の可愛い後輩男子と、過去の職場の可愛い後輩女子を、それぞれわたしが独占したかったんです。

 

 

わたしが、彼らを繋げた、という事実をつくることで。

 

 

 

わたしは、彼の彼女にはなれないし、わたしは彼女の親友にはなれない。

 

 

でも、繋げたら、特別な関係になれる。

 

 

ちょっと大袈裟にいうと、だいたいこんな心理が含まれてる気がします。本当は彼と恋人になりたいけれど、なれないから、本当は彼女と親友になりたいけれど、なれないから、

 

 

 

紹介した。

 

 

そういうことです。

 

わたしは、こうやって誰かにとってのカウンセラーになることで、その誰かを独占したいんだなって。

 

 

そういう、ゾッとする事実に気づいちゃったって話です。

 

 

 

コワイデスネ

( ´,_ゝ`)

 

 

 

 

子ども

むかしは可愛いとかなんとも思わなかったのに、いまは可愛いと思うものといえば

 

 

花と子どもだ。

 

 

さっき、駅で

 

電車を降りたばかりの小さな女の子が 改札の外側にいる父親を発見し、

 

 

バカみたいに小さな歩幅で一生懸命、無我夢中で走っていた。

「おとーしゃん!おとーしゃん!」

と言いながら、これ以上ない、ってほどの満面の笑みで。

 

 

うん。

 

これが自分の子供で、向かう側にいるのが自分の旦那だったら本当に幸せだろうなって思った。

 

 

わたしが紹介したカップルは順調のようだ。

彼のほうは早くも結婚まで思いを馳せているご様子。明日も会うって言ってたけど、これわたし下手すると結婚式にまもなく招待されるパティーンじゃね?

( ´,_ゝ`)

 

 

行きたくねーな、他人の結婚式なんて。

自分の結婚式でさえしたいと思わないのに。

なにがいいんだろう、あのイベントの魅力がわからない。